がん闘病記と日々雑感

~右往左往の備忘録~

⑥<セカンドオピニオンへ>2017年1月12日

J医院からようやく帰宅。もう午後9時を過ぎている。
寝よう、明日考えようと思いベットに潜り込んだが、全く眠れなかった。診察室での会話を何度も反芻する。セカンドオピニオンの文字が頭に浮かぶが、治療は来週から始まる。時間がない。これだけタイトなスケジュールを組んだという事は、ガンの進行を恐れてのことだ。それを覆すことは第1プライオリティの「生きる事」を危うくする。
 
頭の中をグルグルと色々な考えが駆け巡り、私は寝るのを諦めて、とりあえずパソコンを開いた。食道ガン ステージ3 治療法と入力。手術、放射線、化学治療など出てくる。色々見ているうち、やはり放射線治療の可能性をあたってみたいと強く思った。
J医院のK先生は信頼できた。が、彼は外科医である。手術が人を救うと外科医になった彼が手術を薦めるのは当たり前のことだ。そして放射線治療との差異については明確な答えがなかった。専門外なのだから当然だろう、と今更気づいた。
 
そして私はなぜ外科に行ったのだろう?と改めて考えてみた。科名に「食道」とついていたから。そして最初のT病院で腫瘍が見つかった時、内科から外科に移されたので「腫瘍は外科」と刷り込まれていたから。つまりイメージだけだった。そう言えば告知をしたT病院外科のT先生は、食道ガンは手術と放射線では成績が変わらないと何度も言っていた。当時はその意味を深く考えなかったが、今なら分かる。本来手術を薦めるはずの外科医。それなのに…と、彼が言った言葉に重みを感じた。
 

<段取り>

時間がない。でも何とかなるはずだ。夜中に必死で最短の方法を考えてみた。
まず、朝一でJ医院に連絡し、紹介状と検査データを出してもらう。同時進行で新たな病院への予約。セカンドオピニオンでいくつかの病院を調べると、予約から受診まで1週間から2週間かかる。ということは、正面から行ったら間に合わない。必要なものを揃えて、とにかく病院に行ってみよう、事情を話して直訴しようと思った。
 
いくつか病院をピックアップ。立地的には? 直訴して断られた場合に他にも行けるよう病院が沢山あるところ。文京区の一角だ。その中で、T大病院放射線科のHPにセカンドオピニオン希望者に対するポジティブなメッセージがあった。それがその時の焦っていた私の気持ちを励ました。よし、まずはT大病院放射線科からアタックしてみよう。念のため消化器内科も見てみたが、セカンドオピニオンは受け付けていない。私がその段階で僅かな希望を感じているのは放射線治療だったため、ピンポイントで直に放射線科もありだと思った。
 
午前9時。戦闘開始だ。J医院に電話し、T大病院のセカンドオピニオンを今日の午後受けるので、紹介状とデータを何とか午前中に貰えないかとお願いする。(紹介状発行には通常1週間かかる。また、T大病院の予約が取れている云々は嘘だ。)
何度も担当者が代わり、30分程待たされた後、12時までに発行すると言ってくれた。とりあえず第一関門突破。スタッフさんに感謝だ。
 
続いて、T大病院の予約センターに電話。全ての資料が揃っていること、来週から治療がスタートするので時間がないことを伝え、何とか今週中に受診できないかと依頼する。予約センターは、全く確約は出来ないしシステム上の予約も取れないが来院できるなら受付に直に聞くのは良いかもしれない、とアドバイスしてくれた。はなからそのつもりだった私は、その言葉に希望を感じた。
 
段取りが済むと、次はT大病院の問診票を完成させなければならない。HPから問診票をダウンロードしたものの自宅のプリンターのトナーが切れていたため、夫の会社にメールで添付し、自宅にFAXで送ってもらう(FAXがあって良かった!) 
問診票には、
  • ステージ3と診断され食道全摘の手術を勧められていること。
  • 食道全摘による後遺症でのQOL低下を怖れていること。
  • 提示されている生存率を下げないことは第1プライオリティにする。その条件に適う他の治療法があればご教示頂きたい。
という内容の文章を書いた。まずは受付に直訴すると考えると、簡潔かつ分かり易く言いたい事をまとめないと読む気になれないかもしれない、そう思って、集中して推敲し、出来るだけキレイな字で書いた。
 
書き終わって時間は11時。すぐにT大病院に行く。受付では案の定、予約がないと受けられないと言われるが、滔々と事情を訴えた。受付の女性から奥の事務所に話が回り、担当が次々と変わる。それぞれに問診票を見せながら直訴する。
その後1時間ほど待つと、午後3時から受診できるという答えがあった。担当の方に最大級のお礼を述べ、すぐにJ医院に行き、紹介状と検査データを受け取る。とんぼ返りでT大病院に戻りつつ、タクシーの中で夫に連絡し、 受診に立ち会って欲しい旨、伝えた。彼は仕事を切り上げて駆けつけてくれた。
 
放射線科の待合室で夫に経緯を伝え、これで良い提案を受けられなかったら大人しく手術を受けると言った。私としては、最後のダメ押しのような気持ちもあった。
 

<第2提案>

呼ばれて診察室に入ると、40代の背の高い(ついでに横にも大きい)威勢のあるY先生がいた。
大きな声で開口一番「問診表、読みました! 手術しなくても大丈夫ですよ。放射線と化学治療で同程度の結果は出せます。」と言った。
私は思わず夫を見た。2人とも口あんぐりといった感じだった。
やっと「同じ結果ということは5年生存率も変わらないということですか? J医院では60%位と言われました。K先生の手術技術は高いし、体の状態が良いのでその位は行くのではないかと」と聞いた。
Y先生「はい。ここもIMRTという最新機器ですし、同じ結果出せますよ。それにね、食道ガンステージ3の場合、欧米では化学放射線治療が第一選択です。」と答えた。
その後、副作用や後遺症やスケジュールなど、矢継ぎ早に質問した。納得のいくものだった。
夫がさらに「再発したら手術になりますよね? 放射線後では手術が難しいと聞いたのですが」と聞いた。
Y先生は「そこはそれこそ、外科のがんばりどころでしょう」と答えた。
 
最後に、なぜJ医院では手術を薦めたのか聞いてみた。
Y先生「外科だからですよ。 日本では病院内で外科が強いですからね。」
ドラマのような世界が実際にあるんだと驚いた。
 
本来セカンドオピニオンは、その意見を元の主治医に戻し、改めて検討するものである。つまりJ医院で放射線治療を受けるという手が本筋だ。が、前夜調べたところ、J医院の食道ガンの放射線治療症例は、まさかの一桁だった。さらに、外科が強いという言葉を真に受けるとすれば、J医院内で外科から放射線科に移った患者の行方はあまり良くない気がする。私は転院を決意した。
 
夫に「ここに変えたい」と言った。夫も同意した。
 
この日のことは今でも鮮明に覚えている。ガンと告知されてから初めて、明るい気持ちになれた日だった。ガンだったけど、しかもステージ3Cという重いものだったけど、治療すれば元の人生を取り戻せる。
 
放射線治療と手術、どちらが良いかは人それぞれだと思う。悪いところを全て取ってしまうのが良いと思う人もいるだろう。でも私は違った。治療後に元の生活に戻りたかった。ガンなんかに人生変えられてたまるか。
 
この時に思った。ガンの治療方法は一つではない。でも医者が選択肢を示してくれるわけではない。その医者の専門の方法が示されるのだ。そして最初の段階での医者選びは、患者側からするとそこまで結果を見据えたものではない。
不思議だった。1段階上に全体をコーディネートするシステムがあるべきではないか? そして患者に選択肢を示す。それぞれのメリット・デメリットを説明する。それがあるべき姿ではないか?
しかしながら、現状はそうなっていない。最初に提案された治療法に不満があれば、ある程度自分で調べて別の提案がありそうな病院を探し、セカンドオピニオンを受ける。それを比較検討し決定するというプロセスを、時間的制約がある中でやらなければならない。落ち込んだりしているヒマはないのだ。放射線という手法も、では陽子線は?と次の候補が頭に浮かんだが、扱っている病院が少なく待ち時間がかかることから諦めた。またT大病院の機器は「IMRT」という、よりピンポイントで照射できるものなので、それも妥協に一役かった。
 
追加検査の予約を入れ、車に乗ると、ずっと私はしゃべりっぱなしだった。かなりハイになっていたと思う。そして、夫と一緒に診察を受けて良かったと思った。なぜなら、1人で受けて方針を変更したとして、どう説明しても私が手術を嫌がったから、としか受け止められないだろう。転院することは私の意思として尊重し賛成してくれると思うが、それは私がそう望んだからであり、手術よりも放射線治療が良いという彼自身の判断ではなかったと思う。しかし一緒に話を聞いたことで、説明をする必要もなく同じ方向を見ることができた。
 
放射線治療は次週の水曜日からになった。転院しても全く同じタイミングで治療をスタート出来る。奇跡のような1日だった。