がん闘病記と日々雑感

~右往左往の備忘録~

桜をいっぱい見る

春ですねぇ。桜満開ですねぇ。桜大好き(#^.^#)

近所に桜で空が見えないほどになる公園があるのですが、そこを通りかかって思い出しました。1年前のこと。

まだ抗がん剤服用中で倦怠感激しく、でも桜満開が嬉しく、その公園までノロノロと歩きベンチでぼぉーっとしていた日々。ただ桜を見るだけ。考えていたのは、もう桜を見ることが出来ないかもしれない、だから今のうちにいっぱい見ておこう、と。別に桜をたくさん見たところで死後の行き先が変わるわけでもないのにねw

あれから1年たって、体重がようやく元に戻り、それと共に体力も戻ってきた。今月上旬、ゴルフ合宿@南国に行ってきたのだけど(楽しかった(^O^)/) ゴルフ→ショッピング→海→ゴハン、とフル活動も問題なく、なんだかガン発覚前よりも疲れ知らずになった気がする。これは単に南国パワーかもしれないし、今まで地味に続けていた体づくりの色々が効いてきているのかもしれない。もしかしたら、、、これが理由としては一番うれしいのだけど、ガンの症状として「疲れる」というのがあるので、それがなくなった今(と断言してみるw)疲れにくくなった? いずれにせよカラダで実感できることは素直に嬉しい。桜をいっぱい見るだけの日々からよくぞここまでと感慨深く。

 

というわけで体の調子は上々なのだけれど、再発の不安という爆弾ストレスは抱えている。昔、子宮筋腫の疑いで婦人科にかかったことがあるのだけど、結局筋腫はなく不調の原因が分からないということになり、私が「ストレスのせい?」と聞くと、女医さんが「それはない」ときっぱり言った。彼女曰く、ストレスというのは結局、生存不安・死への恐怖。人も含め動物は命の危険を感じると(つまりストレスを感じると)子孫を残そうとするから、生殖器系はかえって好調になる、と。私はその時「ストレス」ということを学んだ気がした。何らかの問題が、巡り巡って自分の生存をおびやかすかもしれない、という恐怖なんだなぁ、と。(巡り巡ってとは、例えば何かの問題で生活や心が破綻して生きる気力がなくなる、ということも入る。)で、今抱えている再発への不安というのは、巡り巡らなくても生存をおびやかすものだから、これは究極のストレスだと思う。

 

今まで私のストレス対処法は、問題から逃げる!というのが第一選択だったんだけど、今回は逃げようがない。かと言って、正面からがっぷり四つに取り組むのも私には無理。(この恐怖にしっかり向き合える人は強い。実存をテーマに小説とか書けると思う。って別に小説じゃなくていいんだけどw 何かを成し遂げる人って意味で) そんな強さを持たない私はどうするか? 小出しに発散しつつ、何とかやり過ごすしかない。たとえば数々の再発予防策は、実は再発を阻止するものではないけれど(そんなものがあれば誰も再発しない)、経過観察中の患者にとってはストレス発散にはなる。信じる人にはニンジンジュースも青汁も、作る時間を含めストレス発散になっているはず。最新情報を気の済むまで調べる、とか、体の声に敏感になる、とか、はたから見れば時間の無駄に思えるようなことでも、目的をストレス発散とすれば十分に価値があると思う。逆に「このくらいOKじゃない?たまには息抜きも必要だよ」という一見ストレス発散に見える自他からの誘いには乗らない。心の奥に「でも大丈夫かな?」という思いがあれば、日常のストレス発散は出来ても本丸の再発ストレスは大きくなる。必要なら「このくらいOK?」じゃなくて、これをしても問題ないという確信をもってする。実際、何かをちょっとぐらいしたところで、それが原因の再発なんてない。ポイントは確信できるかどうか。出来なければやらない。

 

再発自体はコントロールできないものだけど、ストレスには抵抗する。そんなものに潰されたら本末転倒だよね。このストレス、良い面は時間が解決するということ。あと3年10ヶ月。何をしていても、1分1秒は確実に過ぎるという不変の真実が最大の味方であります。すごいな時間!頼むよっ

 

とりあえず今は、ストレス発散のために桜をいっぱい見よっと♪ ←結局桜が好きなだけw