がん闘病記と日々雑感

~右往左往の備忘録~

今思えば。

この闘病記の始まりは約1年半前に起こったことです。そこから現在までのことを備忘録も兼ねて書いていこうと、ブログを始めました。その時何が起こったか、どんな気持ちだったか、どんな対処をしたか。日記や手帳を見ながら、つらつら書いていこうと思っていますが、1年間私なりにガンのお勉強をし、今思えばこうだった、ということが多くあります。それを闘病記の合間合間に挟んでいこうと思います。
まず、その1。
 
喉の詰まりという自覚症状が始まったのが2016年5月。そこから12月まで、ガン細胞を結果的に半年も放置したことになる。
なぜか?(ちなみに、喉の詰まりでググると食道ガンも出てきます。)
  • 「ヒステリー球」という かかりつけ医の診断
  • 人間ドックでほぼオールA
  • 「ガン家系」ではない
  • 「食道ガンになりやすい人」ではなかった
  • 自覚症状の罠
 
ヒステリー球という世紀の大誤診
私はそれまで、かかりつけ医というのは、何か重い病気が疑われる場合は直ちに大病院への紹介状を書いてくれるものだと思っていた。実際、そういうシステムになっているはずである。そして「重い病気かも?」というのはかかりつけ医が判断してくれるものだと思っていた。ところがそうではなかった。喉の詰まりの他、謎の発熱でも かかりつけ医に行ったが、結局紹介状の発行はなかった。
考えられるのは
  • 医師としての能力不足(想像力不足)
  • 紹介状の発行が面倒
である。そして、そんなかかりつけ医に20年来かかっていた私の不運、というところ。
では、どうすれば良かったか?
  • どんな診断をされようと、「重い病気かもしれないから紹介状を書いて!」とお願いする(相手の失笑にもめげず)
  • 紹介状のいらない、中規模病院を探す。
  • ヒンシュクと罰金覚悟で、大病院に直接行く。
今思えば、最初に喉の詰まりがあった時の、これで死ぬかもしれないという私の直感は正しかった。その直感に従って行動を起こすべきだったと思う。
 
Y内科のY先生! 喉の詰まりは気のせいなんかじゃなかったよ!(怒
 
ガン家系じゃない
血縁者に、両親・弟・祖父母、さらに叔父・叔母・従兄弟まで入れても、ガンになった人はいない。(逆に珍しいかもしれない)
そして私はガンは遺伝だと思っていた。そう思っている人も多いと思う。でも実際、遺伝性の食道ガンは、食道ガン全体のたった5%である。ガンは遺伝であるという常識は、いつから非常識になったのか知らないけれど、もっと広く認知されるべきだと思う。「ガン家系」という言葉自体がそもそも紛らわしい(怒
 
「なりやすい人」ではなかった
「食道ガンになりやすい人」でググると、大酒飲み・熱い食べもの好き・たばこ・肉食中心・肥満気味・中高年の男性、などが出てくる。
私はほぼ当てはまらない。
(もしかすると、かかりつけ医の誤診もこれが理由かもしれない。)
 
当たり前だが、ガンは「当てはまらない人」もなる。誰でもなる。原因が判明していないのに傾向だけ示すのは、ガンの見逃しに繋がると思う(怒
 
自覚症状の罠
ガンの自覚症状は割と気づかない人が多い。なぜか?それは毎日ちょっとずつ、昨日より今日、今日より明日と、ほんの少しずつ悪くなっていくからである。私の場合の自覚症状は、喉の詰まり・発熱・発汗で、特に喉の詰まりは最後は固形物が食べられないほどになっていた。骨盤に腫瘍が出来た人は最後は歩くことが出来なくなった、卵巣がんの人は最後はお腹がパンパンだった、と言う。どう考えても相当な症状だが、そこまでの道のりは毎日少しずつ、なのである。そしてその不具合に少しずつ慣れていく。また、道のりが長いから、それまでにそれぞれ相応の理由を考える。私の場合はヒステリー球、骨盤腫瘍の人は関節痛、卵巣がんの人は太ってきた、と思っていたらしい。酷い症状なのにガンと気づかないなんて不思議と思うかもしれないが、つまり人間の「慣れ」と「思い込み」って怖いですね、って話。
 
人間ドックについてはまた書きます。